【お役立ち情報】駅前に多くの店舗を構える不動産屋ブログ:16-02-09


あたくしは両親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家でお酒に溺れる父親、
そのことで父親をなじるママ。

そしてその怒りをお姉さんやあたくしにぶつけ、
お姉さんはその怒りをあたくしにぶつけていました。

家には居場所がない…
娘の時のあたくしは
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
ママに見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

あたくしは当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

ママは言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
あたくしがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通の娘でしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのない父親とママ、お姉さんとの確執。
その時のあたくしの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をウエストにあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
日々のように思っていました。

そしてある時、あたくしは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてあたくしは一度だけ両親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
両親は頭を下げました。

でも、そんなあたくしでも
今は少しづつ父親もママもお姉さんも
許せていっています。

お姉さんに娘が産まれ
実家で娘たちと遊ぶようになった時に、
お姉さんから
「ありがとう」と感謝をされたことで
あたくしの中で何かがかわりはじめたんです。